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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10368号 判決 1968年3月06日

原告 佐藤早苗

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 村田豊治

被告 岩崎かね子

<ほか二名>

右被告三名訴訟代理人弁護士 江口保夫

島林樹

主文

一、被告岩崎かね子は、原告両名に対して、昭和四一年三月一日から同年六月三〇日まで一か月金一、一三〇円、同年七月一日から同年一〇月一四日まで一か月金六八〇円の各割合による金員を支払え。

二、原告両名のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一、申立

1  請求の趣旨(原告両名の申立)

一、原告両名に対して、被告岩崎かね子は、(イ)別紙物件目録第二に記載の土地を、同目録の第一に記載の建物を収去したうえ、明け渡し、かつ、(ロ)昭和四一年三月一日より右明渡済にいたるまで一か月金四、二九四円の割合による金員を支払え。

二、原告両名に対して、(a)被告株式会社江むらは前記建物のうち、階下東南角四畳半一室を除く、その余の部分より、(b)被告坂本勝蔵は前記建物のうち階下東南角四畳半一室より、それぞれ退去して、本件土地を明け渡せ。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

2  被告らの申立

一、原告両名の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告両名の負担とする。

との判決。

第二、主張と答弁

1  請求の原因(原告両名の主張)

一、原告両名はその共有に属する別紙物件目録第二に記載の土地(以下「本件土地」という)を被告岩崎かね子に対して、つぎの条件で賃貸した。

(1) 使用目的 普通建物所有の目的。

(2) 賃貸借の始期 昭和三四年四月一日(ただし従前よりの賃貸借を更新したもの)。

(3) 賃貸借の期限 昭和五四年三月末日まで。

(4) 賃料 一か月金一、二〇〇円。

(5) 支払方法 毎月末日限り当月分を持参または送金。

(6) 特約 賃料の支払を三か月以上滞納したときは、催告を要しないで賃貸借契約を解除することができる。

二、(1) 原告両名は昭和四一年二月三日付内容証明郵便による書面をもって、被告岩崎に対し、本件土地の賃料を同年三月一日から一か月四、二九四円(坪当り二〇〇円)に増額する旨の意思表示をしたところ、同年二月四日これが右被告に到達した。

(2) 右賃料の増額が適正である根拠はつぎのとおりである。本件土地はかの有名な湯島天神の白梅と道路を挾み向いあっている高級料亭街にあり、更地の坪単価は金四〇万円程度である。しかし、坪単価をとくに堅く評価して金三〇万円とし、借地権八割、底地価格を二割とすると、底地六万円の地代の適正利廻り年六分の地代は一か月三〇〇円が妥当である。そのほか固定資産税の賦課その他を考慮すると更に多額になるが、賃貸借当事者間の継続的関係を考えて右より三分の一を引き上げた金二〇〇円として適正地代を算出したのである。もっともこれを従来の地代と比較すると三倍以上の値上率になるが、前述のとおり評価の基礎を殊更に低くしていること、昭和三四年四月より長期にわたって地代値上をしないままでいたこと、その間固定資産税の額だけでも三回にわたって値上げされており、土地自体の価格が当初より四倍以上も昂騰していることなどを考慮すれば、値上率が三倍強であるからといって強ちこれを不当とすることはできない。また地代値上に際しては近隣の地代と比較検討することが望ましいのはもちろんであるが、調査の結果、本件土地の付近には借地がなく、近隣の地代と本件増額地代との関係を比較することができない。

三、しかるところ、被告岩崎は昭和四一年三月分より同年九月分まで七か月分の賃料合計三万〇、〇五八円の支払を延滞したので、原告らは同年一〇月七日付の内容証明郵便による書面をもって、被告岩崎に対し該書面到達の日から五日以内に右延滞賃料を支払うよう催告したところ、右書面は同年同月八日右被告方に到達したが、同被告は催告期限である同年同月一三日までに前記延滞賃料の支払をしなかった。そこで原告らは同年同月一四日付の内容証明郵便による書面をもって、被告岩崎に対し、同被告が前記のとおり七月分の賃料を延滞したことを理由として本件土地についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたところ、該意思表示は同年同月一五日右被告に到達したので、右賃貸借契約は即日解除となった。

四、被告岩崎は本件土地を賃借後、その地上に別紙物件目録第一に記載の建物(以下「本件建物」という)を建築しこれを所有占有しており、被告株式会社江むらは本件建物のうち、階下東南角四畳半一室を除く、その余の部分を、被告坂本勝蔵は右階下東南角四畳半一室をそれぞれ被告岩崎より賃借占有し、それによって本件土地を占有している。

五、よって、原告両名は、(a)被告岩崎に対し本件土地の賃貸借契約解除にもとづく原状回復請求として、本件建物を収去したうえ本件土地を明け渡し、かつ、昭和四一年三月一日より右明渡済にいたるまで一か月金四、二九四円の割合による賃料ならびに賃料相当の損害金の支払を求め、また(b)被告株式会社江むらおよび同坂本に対しては、本件土地の所有権にもとづき本件建物の各占有部分より退去し、本件土地の明渡を求める。

2  請求の原因に対する被告らの答弁

一、請求の原因第一項の事実は認める。もっとも、そのうち(6)の特約は本件賃貸借が建物所有を目的とする継続的契約関係たる性質を有することにかんがみ極めて苛酷であり、かつ、不合理であるから、借地法第一一条の規定によりこれを定めざるものとみなされ、無効というべきである。

二、同第二項の(1)のうち、原告ら主張のごとき内容の意思表示が主張の日に被告岩崎に到達したことは認めるが、その余は否認する。同(2)のうち原告ら主張のごとき本件土地の賃料の増額が適正であることは否認する。

三、同第三項のうち、原告主張のごとき内容の催告および契約解際の意思表示が主張の日に被告岩崎に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

四、同第四項の事実は認める。

五、同第五項は争う。

3  抗弁(被告らの主張)

一、被告岩崎は昭和四一年一月原告らに対して、同年一月分から同年六月分までの本件土地についての約定賃料合計七、二〇〇円(一か月一、二〇〇円の割合)を送金したところ、原告らは代理人弁護士村田豊治を介して、同年一、二月分の約定賃料合計二、四〇〇円のみを受領し、残金を同年一月二八日返送してきた。そして、原告らはその直後の昭和四一年二月三日付翌四日到達の内容証明郵便による書面をもって、被告岩崎に対し同年三月分以降の賃料を一か月四、二九四円に増額する旨の意思表示をしてきたのである。しかし、被告岩崎としては、近隣の賃料に比較し右賃料の増額は不当であると考えたので、昭和四一年四月横浜地方法務局藤沢出張所に対し同年三月分から同年六月分まで四か月分の相当賃料として合計六、八〇〇円(一か月一、七〇〇円の割合)を弁済供託し、ついで同年七月二五日前記地方法務局出張所に対し同年七月分より同年一二月分まで六か月分の相当賃料として合計一万二、九〇〇円(一か月二、一五〇円の割合)を弁済供託した。したがって、被告岩崎は原告らに対し昭和四一年三月分より同年一二月分までの賃料を支払済である。

二、前記のとおり原告らは賃料増額の意思表示をしたのち、その額にもとづく延滞賃料の催告をなし、かつ、契約解除の意思表示をしたのであるが、それに対し被告岩崎は自己の相当と思料する賃料額を弁済供託したのである。しかして、賃借人たる被告岩崎は賃貸人たる原告らに対し著るしく信義に違反することをせず、また賃貸借の存続を困難ならしめるような事由も存在しないから、原告らのした契約解除はその効なきものである。(同旨、福岡高裁昭和三〇年三月二八日判決下民集六巻五八七頁)。

4  抗弁に対する原告らの答弁

一、被告岩崎は昭和四一年三月分から同年一二月分まで相当賃料を弁済供託したから、右期間の賃料は弁済したものとみなされると主張するが、右相当賃料については原告らに対し現実の提供も、口頭の提供もなくして、いきなり供託したものであるから、弁済の効果を生ずるわけがない。

二、賃料増額の意思表示をした後、その額による賃料の支払を催告し、これに応じない賃借人につき、契約解除をすることが有効であるのは、数多くの判例の承認するところである。(最高裁昭和三二年九月三日判決民集一一巻九号一四六七頁など参照)。

第三証拠関係≪省略≫

理由

第一、被告岩崎かね子に対する請求について

一、原告らと被告岩崎かね子(以下、本項においては単に「被告」という)との間に、本件土地につき原告ら主張のごとき内容による賃貸借契約が成立したことは当事者間に争いがない。なお、被告は原告ら主張の賃貸借契約における特約が無効であるとしてその効力を争うが、本件において原告らは被告に右特約違反ありとして無催告解除の有効を主張するものではないので、右特約の効力についてはここで判断しない。

二、原告らが被告に対し本件土地の賃料を昭和四一年三月一日から一か月四、二九四円(坪当り二〇〇円)に増額する旨の意思表示をしたところ、該意思表示が同年二月四日被告に到達したことは当事者間に争いがない。

そこで右賃料増額の適否について審案する。≪証拠省略≫を総合すると、本件土地の賃料が昭和三四年四月一日から引き続き一か月一、二〇〇円のままで据え置かれていたこと、その後数度にわたって右土地の固定資産税が増額され、またその地価も相当大幅に昂騰したこと、本件土地の賃貸借継続に関して原告らと被告との間に紛争があり、原告らにおいて被告らを相手方として本件土地の明渡等を求める訴訟を提起したが(当庁昭和三八年(ワ)第六九一六号、同三九年(ワ)第四一八五号事件)、当裁判所で原告ら敗訴の判決があったため、原告らはこれに控訴したこと、右事件が控訴審に係属中、被告は本件土地を引き続き賃借したいと願望し、かつ、地主との関係を円満にしたいと考えたため、法的には別段支出を必要としない一〇万円を原告らに支払い裁判外の和解をした結果、原告らにおいて右控訴を取り下げ、原告ら敗訴の前記判決が確定したこと、本件土地に隣接し被告において昭和四〇年ごろまで賃借していた土地約九坪の賃料がその頃一か月六〇円程度であったこと、原告らより本件賃料増額の通知があった後、原告早苗と被告との間で直接賃料値上額について折衝をしたが、その際右原告は一か月坪当り一五〇円まで減額するよう譲歩してもよいとしたが、被告はこれに応ぜず一か月一〇〇円までを固執したため話合がつかず、結局物分れとなってしまったことが認められる。以上認定の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、本件土地の昭和四一年三月一日以後における賃料は一か月二、八三〇円をもって相当と認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、原告らの前記賃料増額請求の意思表示は、昭和四一年三月一日より一か月二、八三〇円の限度において効力を生ずるにとどまるといわねばならない。

三、しかして、原告らが被告に対し、昭和四一年三月分より同年九月分まで七か月分の賃料合計三万〇、〇五八円の支払を延滞したことを理由とし、内容証明郵便による書面をもって、該書面到達の日から五日以内に右延滞賃料を支払うよう催告したところ、右書面が同年同月八日被告に到達したこと、および原告らが被告に対し、同被告が前記七か月分の賃料を延滞したことを理由にして本件土地についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたところ、該意思表示が昭和四一年三月一五日被告に到達したことは当事者間に争いがない。よってつぎに右催告ならびに契約解除の意思表示の効力について判断する。

前に認定したとおり原告らのした本件賃料増額請求は昭和四一年三月一日より一か月二、八三〇円の限度において有効であり、したがって右賃料の催告はその額において適法であったということができる。

これに対して、被告は昭和四一年三月四日横浜地方法務局藤沢出張所に対し同年三月分から同年六月分まで四か月分の相当賃料として合計六、八〇〇円(一か月一、七〇〇円の割合)を弁済供託し、ついで同年七月二五日前記地方法務局出張所に対し同年七月分より同年一二月分まで六か月分の相当賃料として合計一万二、九〇〇円(一か月二、一五〇円)の弁済供託したと抗争するところ、原告らは明らかにこれを争わないので自白したものとみなす。ところが、原告らは右相当賃料については現実の提供も、口頭の提供もしないで、いきなり供託したものであるから弁済の効果が生ずるいわれがないというので、これを審案する。被告が昭和四一年一月原告らに対して、同年一月分から同年六月分までの本件土地についての当時の約定賃料合計七、二〇〇円(一か月一、二〇〇円の割合)を送金したところ、原告らは同代理人弁護士村田豊治を介して、同年一、二月分の約定賃料合計二、四〇〇円のみを受領し、残金を同年一月二八日返送したことは原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなし、また原告らがその直後に昭和四一年三月分以降の賃料を一か月四、二九二円に増額する旨の意思表示をしてきたこと、被告はこれに対し前記のとおり二度にわたり同年三月分より同年一二月分までの相当賃料を弁済供託したことは前示のとおりである。右のように賃料増額の程度に関して当事者間に紛争がある場合には、賃貸人側において賃借人側の提供する従前と同額の賃料ないし相当賃料を受領する旨の意思表示をするなど特別な事情のない限り、賃貸人側においてその受領を拒否するのが通常であるから、右のごとき場合には賃借人が従前と同額の賃料ないし相当賃料を賃貸人に対し現実の提供もしくは口頭の提供をすることなく、直ちに弁済供託をしてもその効果を生ずるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、賃貸人たる原告らは賃借人の被告が提供する従前と同額の賃料ないし相当賃料を受領する旨の意思表示をするなど特別な事情の存在することが認められないのみならず、かえって被告が昭和四一年三月分より同年六月分の従前賃料を提供したところ、原告らがその受領を拒否し返送したこと前示のとおりである。してみれば、被告のした前示弁済供託は有効であり、その限度においてすでに賃料一部弁済の効果を生じているものというべきである。

しかしながら、それにしても被告が弁済供託した相当賃料額は、原告らのした催告賃料額のうち適当と認められる範囲の額よりも若干少額であるため、その差額がまだ弁済されておらず、その限度において右賃料の催告は理由があるといわねばならない。ところで一般に賃料増額請求の意思表示があった後の適正賃料額については、賃貸借当事者それぞれの立場や事情の相違により容易に意見の合致しないことが多く、その場合には最終的には判決によって確定するほかはないのであるから、賃貸人が適当と思料する増額請求額を基礎として延滞賃料の支払を催告した場合に、これを相当とする賃借人が判決確定にいたるまで一応従前の賃料額もしくは自己において増額を相当と思料する程度の賃料だけを弁済しても、賃借人に著しく信義的に反し継続的契約関係たる賃貸借の存続を困難とならしめるような特別な事情がない限り、賃貸借契約を解除しうる事由とならないものと解するのが相当である(福岡高等裁判所昭和三〇年三月二八日判決下民集六巻三号五八七頁参照)。これを本件についてみるに、被告が原告らに対し相当と思料する賃料額(それは従前の賃料額よりかなり引き上げられている)を供託して弁済しており、また本件における全証拠および弁論の全趣旨を総合勘案してみても、賃借人たる被告において著しく信義則に反し本件賃貸借契約の存続を困難ならしめるような特別な事情の存在することも認められない。してみれば、被告において前示の程度の賃料の一部の延滞があったからといって、原告らがこれを事由にして本件賃貸借契約を解除することは許されず、被告に対してなした前記賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生ずることがないものというべきである。

四、以上に説示したとおり、本件賃貸借契約解除の意思表示は効力を生じないから、該契約が有効に解除されたことを前提とし、被告に対して本件建物収去および本件土地明渡ならびに昭和四一年一〇月一五日以後における賃料相当の損害金の支払を求める原告らの請求はいずれも理由がない。しかし、本件土地についての賃料として、原告らが被告に対して請求するもののうち、昭和四一年三月一日から同年六月三〇日までの賃料延滞分(一か月あたり二、八三〇円から弁済ずみの一、七〇〇円を控除した残額一、一三〇円の割合による金員)、および同年七月一日から同年一〇月一四日までの賃料延滞分(一か月あたり二、八三〇円から弁済ずみの二、一五〇円を控除した残額六八〇円の割合による金員)の支払を求める部分は理由があるが、その余の部分は理由がない。

第二、被告株式会社江むらおよび同坂本勝蔵に対する請求について

被告株式会社江むらが本件建物のうち階下東南角四畳半一室を除くその余の部分を、被告坂本勝蔵が右階下東南角四畳半一室をそれぞれ被告岩崎より賃借占有し、それによって本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。右の事実によれば、右被告両名の本件建物部分および本件土地の占有は、原告らと被告岩崎との間の本件土地についての賃貸借契約が終了しない限り、正当な権原にもとづくというべきところ、前示認定のとおり右賃貸借契約は未だ終了していないのであるから、原告らの被告両名に対する前記建物占有部分からの退去および本件土地明渡の請求もまた理由がない。

第三、結論

よって原告らの被告らに対する本訴請求のうち、(a)被告岩崎かね子に対し昭和四一年三月一日から同年六月三〇日まで一か月金一、一三〇円、同年七月一日から同年一〇月一四日まで一か月金六八〇円の各割合による賃料延滞額の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、(b)その余の部分はいずれも失当として棄却を免がれず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条、第八九条、第九二条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

<以下省略>

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